|    も |
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2008/ 6/28(Sat)
やさしい気持ちになる今日がやさしい日だとかそういうのじゃないけれど やさしい気持ちになった。今。 なので、こうやって ひとつひとつのことを考えて その全部かそうじゃなくても大体が いいんじゃないか、という 許容の気持ちになる ピアノを弾いて歌を歌って 茶色の土と緑の草との間に 幾らばっかしか 埋まる momo shusa |
|    もも |
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2008/ 6/12(Thu)
短い短い日記 短い日記に中和するものだかするときだかを きちんときれいに並べて オーソドックスな気持ちに中和を混ぜる そういうことだ、たぶん 時間がないよ、だか、天秤にかけたときの傾きが、だか そんなことがうずうずしているのだ そういうときには 倒れている人がいて ひとりで泣いている 水がないので 海にも行かず雨も見ない目のように 目のように 倒れている球体が空を見る 目 |
|    も |
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2008/ 2/11(Mon)
ザックの紐の切れるとこ千駄ヶ谷から慶州へと旅をした 長かった 途中、ザックの紐が切れた でも そこにはちょうどよくカメさんがいて 乗っけてくれた なので楽ちんをした イーストシナ海だか日本の海だかをカメさんに乗って越える 最中 サメみたいな恐いのがすいーっと通りすがって すいーっと折り返してきて言った やいやい食べちゃうぞ カメさんは どうか食べないでください、この私の上に乗ってる 人をあげますから、ほうら と言った サメは承知した 僕はサメにもぐもぐと食された ああ痛い、痛いなあ momo shusa |
|    momo shusa |
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2007/10/19(Fri)
カッパとか、カメとかココロの中で 嘘じゃない世界を ぽえぽえと 傘でもさすように太陽を影らして その傘をくるくると回す あれはなんだ、と カッパは傘の向こうでくるくるいうものを指す カメは甲羅の上で傘を回しつつ言う 傘に写った太陽だ うそだ、僕の知ってる限りでは太陽は回らないぞ 太陽てのはころころと回ったりはしない ぐんぐんと動くんだぞ、そういうものだ カッパ言う じゃあ君の頭に乗ってるそれはなんだ カメ問う カッパは、何か言おうとしたのだけど カメの質問の意味が分からなかったので 答えなかった |
|    momo shusa |
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2007/ 6/29(Fri)
あ。あれです。ブレーメンの音楽隊にちなんで ブレーメンの音楽隊というお話は、原作者などは不明で ドイツのグリム兄弟という2人が、そういった読み人知らずのお話を、きちんと整理して文献に残しておこうと、そうやってがんばっていろんな人から話を聞き集めしたものが、グリム童話集といわれるもので、ブレーメンの音楽隊も、その中のひとつです。 このおはなしは、歳をとって人間に捨てられた4匹の動物が、ブレーメンという新天地を求めて、街の音楽師になろうと連れ添って出かけるけれど、森の中の泥棒の家を発見して、その家をぶんどってしまう、という感じのお話(私の中ではそういった印象)です。 弱きが強きに勝つ、というお話でもありますが、裏返して言うと、他人のものを分捕っていることにはなんの変わりもないような気もします。 森の中の家には泥棒という人間が2人、住んでいますが、古いお話の中では、狼と熊だったこともあるそうです。 「ブレーメンの音楽師」 Author(著者) Jakob Ludwig Kari Grimm , Wilhelm Kari Grimm 1819年に2つのパーデルボルンの話をもとにして書かれる。この話は方々の民族に喜んで語られている。古い形では泥棒でなくて狼と熊が追っぱらわれる。飼いならされた年をとった弱い家畜がならされていない森の動物に勝つところが眼目である。ハンス・ザックスやロレンハーゲンがこの動物笑話を扱っている。普通なら敵同士にする、老齢と飢えが友情のもとになるのは原始的世界の意味においてである。一ばん古い形は1148年にニヴァルドゥスのイーゼングリーヌスに現われる。イーゼングリーヌスは12世紀にできたフランスの『狐物語』と近い関係にある。 |