|    ディ・すたんす |
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2006/ 8/20(Sun)
思い出したことがある小学校4年の国語の授業で 詩を書いた と、いっても詩の形式にのっとっていたかどうかは定かではないが 『時間』について 楽しい時間は早く過ぎ去っていくのに つまらない時間はどうして長く感じるのだろう 我ながら鋭い着眼点(と思う) 今、思うのは じゃあ 『距離』はどうなんだろう? 小学校とか中学校とか クラスメイトに会うと 「久しぶり」「変わってないね」 なんて言い合って 10年近く離れていた距離を数時間で 簡単に縮めてしまえる まるで何もなかったみたいに お互い何も変わってないかのように 好きな人が出来て 恋人同士になったりなんかして お互いゼロになるくらい距離を縮めるけど ほんの少しの距離が埋まらない 埋まらない距離がやけに長く遠く感じる 少しの時間が お互いのすべてを変えてしまったかのように 感じるときもある 近いほど深く、早く、遠い 遠いほど浅く、遅く、近い それは海にできる渦みたいだ 中心ほど深く 流れも速い 人と人との『距離』は 住んでるところより 国が違うより 何年も会ってないことより 縮めようとして 縮められない距離が 一番遠い オイラはそう思う |
|    乾杯 |
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2006/ 5/ 1(Mon)
馬鹿だアンタほんとに馬鹿だよ。 |
|    脱力してるから |
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2006/ 3/26(Sun)
ぐびぐび日本酒を飲む体はだるだる ぐてぐて着のみ着のまま 布団に倒れこみ うまく力入らず ふと気づく そうか脱力してるから そして昏睡 目覚めは4時間 過ぎたとき 頭はガンガン 目はギンギン ナチュラル・ハイ そうか脱力してるから カチコチ身体 日々の緊張 それをほどくは ストレッチ? 語感は似てる ストレッス たまっておこる ストライキ ふと 飲みたくなるのは そんなとき 喉はカラカラ 口はゲラゲラ ハイ・テンション 時が泡のように 過ぎていきしは なぜだろう そうか 脱力してるから |
|    撃っちゃいけない |
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2006/ 2/28(Tue)
僕がたまーに見る、某人気ブログがあるイチ個人が書いているようで、よく政治の批判をしている そのせいか、記事に対する批判のメールが殺到する時もあるという イチ個人さんは、その状況に対し 「このブログは私が個人でやってるものだから 腹が立つなら見なければいい」 と言う こういう言葉を見るたび、僕は大笑いしてしまうのだが 自分は批判をして 人には批判するなという 弾が飛び交う戦場で 自分は撃ってもいいが 相手は撃っちゃいけない そんなことが果たして言えるのだろうか? |
|    いさぎよくあるために |
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2006/ 2/ 4(Sat)
不思議と何も思わなかった友達と外で待ち合わせをした 耳が凍るような寒さの中 友達は15分遅れてやってきた 不思議と何も思わなかった 俺はなんて優しい奴なんだ! ということを言いたいのではなく 僕はいつも人を待たせる側にあるので その立場が変わっても 人を責める気がおきないのである これは潔さだと思う 話はやや飛ぶが 食物連鎖の真っ只中にいる動物というのは 自分を捕食した相手を恨むのだろうか? 僕は恨まないと思う それは、自分が生きる為に 相手を捕食する と、いうことはそれが逆の立場に変わることもある それを彼らは一番良く知っている気がする きっと彼らは、自分の命が絶たれるその瞬間が来ても 「・・・ふ、あんたも生きるためだろ?仕方ないぜ」 とワイルドな境地に達しているのではないか? と僕は思う 良いことでも、悪いことでも 自分が日常的に行ってることは 立場が変わって 自分がされる側になることがある 良いことなら 笑ってその場を過ごし 悪いことが帰ってきたその日には 潔くありたい 僕はそう思う |
|    男と女は |
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2006/ 1/14(Sat)
喧嘩するほど仲が良いカップルは言いたいことを言い合った方がいい なんていいますけど 本当にそうなんでしょうか? 僕はカップル同士の喧嘩は 主導権の争いっぽいものだと思うのです 戦端を開くは簡単だけど 落としどころを見つけるのが難しい 喧嘩っちゅーのは 「ごめん」ということを前提にした争いである それでも どっちかが怒っている時は 片方は冷静でありたい |
|    やきにく |
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2005/12/10(Sat)
街中を歩いていても「今年ももう終わりだねぇ」 そんな言葉を多く耳にする季節になりました 友達と焼肉でも食べながらのんびりしゃべりたいなぁ 人と一緒に食事をするときは 食べ物だけを食べるにあらず 人と自分が創りだす空気も一緒に食べている |
|    寒がり |
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2005/11/30(Wed)
いつの間にやら季節は巡るものふと昔の友人たちのことを思い出す 「今、アイツはどうしてるのかな」 寒くなると ちょっと心も寂しくなったりなんかして 体も心も ちょっと寒がりな僕 |
|    考えてみる |
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2005/10/ 7(Fri)
何かを表現したいと思ったとき誰かに伝えたいことがあったとき 大切な大切なそのときに その術を知らないことはきっと悲しいこと だから僕らは 表現というものに対して常に考えていく必要がある 頭の中のイメージを 視覚化するにはどうしたらいいか どう言葉にしたら伝わるか 考え続ける そして表現する |
|    言葉と環境 |
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2005/10/ 4(Tue)
長らくココの日記更新をサボっていた僕が言うのもあれですが自分は人の日記読むのが好きだったりします ・・・あくまで【公開】されてる日記ですけどね(汗) 皆様は、必ずこの人の日記を読む という周回コースはあるでしょうか? 僕は、1日に20サイトくらいは回ります 安心するのかもしれません 他人が色々考えながら日々を過ごしていることに さて いつもながら周回コースを巡りながら思うのですが >個人の言葉と環境と連動してない? と、思うのであります 簡単に言えば、実際に人生を楽しんでる人は 楽しい言葉づかいをしてるし 人生を、悲しく生きてる人は 悲しい言葉づかいをしてる これはつまり 言葉とその人の環境が連動してるってことです つまり 悲しい、悲しいと生きてる人も 楽しい言葉を日々使えば 楽しい環境に変わっていく可能性があるんじゃないか? と思うのです |